Sachiko Wada

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  • 講演6 :和田幸子氏
 

 株式会社タスカジの代表取締役、和田幸子と申します。私の運営する家事代行サービス・タスカジの概要、そして起業に際し私が考えてきたことをお話しします。
 みなさんの中に、「伝説の家政婦」や「予約の取れない家政婦」といった話題をメディアで見聞きされたことのある方はいらっしゃるでしょうか。家事代行サービスは、ここ数年で一気に注目を集めるようになりました。その背景には、政府が女性活躍推進法を定め推し進めていった結果、共働き世帯が増え、女性の家事負担が取り上げられるようになったことがあります。タスカジが手がけるのも、広く言えばこの家事代行サービスにあたりますが、一般の家事代行業とはビジネスモデルが異なります。私たちの仕事は、家事を仕事として行いたい個人と、家事の仕事をお願いしたい個人がインターネット上で出合い、取引できる場所を提供すること。領域としてはシェアリングエコノミーにあたります。
 通常の家事代行サービスの場合、起業がサービスに携わる人材を雇い入れ、その品質コントロールを行い、提供するサービスを決めて人を派遣しますが、タスカジはマッチングサービスですから、品質コントロールを行いません。タスカジの登録ハウスキーパー、当社では「タスカジさん」と呼んでいるのですが、そのタスカジさんらは個人事業主として自身のサービスを管理・提供し、その結果、各人の得意分野を生かした、型にはまらない多様な種類のサービスが提供されています。すると依頼側は自分のニーズに合う人を選べばより良い結果を得られる、つまりユーザー体験がより良くなるという効果があり、「リーズナブルなのに高いパフォーマンスが得られる」と、あるユーザーランキングでは大手同業を差し置いて、家事代行サービス企業No.1に選ばれました。
 サービスは2014年7月に開始し、2021年現在、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県と大阪府・京都府・兵庫県・奈良県・滋賀県で展開しています。利用登録者は現在約9万人、主に既婚で子どものいる共働きの女性です。いわゆる富裕層ではなく一般サラリーマン家庭、そのうち比較的世帯年収の高い層が中心です。登録ハウスキーパー・タスカジさんは20~50代の2600人ほど。86%が日本出身で、栄養士や調理師といった専門資格を持っている方はそれを強みに、主婦(夫)の方は家事全般をサポートできる総合力を強みにサービスを提供されています。14%が海外出身で、ハウスキーピングのスキルの高さが世界的に認知されている、フィリピンの方が多く登録くださっています。
 ここから、タスカジの特徴についてより詳しく、その仕組みを交えてお話していきます。最初の特徴は、リーズナブルであること、また、にもかかわらず高品質であることです。その基本的な理由は、タスカジがプラットフォーム事業であるためコストが抑えられることにありますが、他にも高品質になる工夫を行っています。それは、サービスを受けた人が、感謝のコメントや改善してほしい点などを書き込めるレビューシステムです。フィードバックを受けたタスカジさんは自分の仕事の問題点を明確に理解しスキルアップできますし、次のサービスで問題点が改善されていれば依頼者は満足し、感謝の気持ちをレビューします。それを受け取ったタスカジさんはよりやる気を出し、さらにいいサービスを提供します。このように、レビューを起点にタスカジさんの技術が上がっているのです。独自のアルゴリズムでレビュー数と点数が報酬にも反映されるため、タスカジさんにはいいレビューをもらいたいというインセンティブも働きますし、蓄積されたレビューは他の利用者の判断材料にもなっています。このように、レビューを中心に品質が自律的にコントロールされる仕組みを組み込んでいるわけです。 
 また最初に、多彩なサービスとニーズのマッチング効果でユーザー体験がより良くなることをお話ししましたが、この「選べる」こともタスカジの大きな特色です。一般的な家事代行業者の場合、どのハウスキーパーでも同じサービス品質だという建て付けのため、人を選ぶことはできません。一方タスカジは、人によりサービスの品質が変わることを前提にしているため、各タスカジさんのプロフィールやレビューを明示し、得意分野を生かしたサービスが提供されるようになっています。自らの望みを叶えてくれるハウスキーパーを依頼者自身で選ぶことが、よりよいユーザー体験に繋がります。
 また安心して取引できることにも配慮しています。インターネットで出会った人が家に入ってくるわけですから、安心安全への取り組みは非常に重要です。タスカジでは対物1,000万円・対人1億円の損害賠償保険に加入するほか、登録するタスカジさんは全員、身分証のコピーのチェック、テスト、面接と事務局による3段階の確認をパスしています。それにサポートセンターを設けていること、先にお話ししたレビューが閲覧できることなども安心感につながっています。
 また掃除以外の、料理の作り置きや整理収納といったメニューの利用比率が高いのもタスカジの特徴です。と言うのもかつての家事代行は富裕層向けのサービスであり、利用されるサービスは掃除が主体だったのです。しかし現在のタスカジ利用登録者の主体はワーキングマザー。家事全般の担い手が不足し、掃除だけでなく料理も洗濯も買物も整理収納も総合的に解決したいというニーズに変わっています。その受け皿として私たちがメニュー化を進めてきたのが、この作り置きや整理収納といったサービスであり、それが利用比率の高さに反映されています。
 家事代行サービスはレッドオーシャンで新規参入の余地がないと言われてきました。実際、ITや人材派遣の大手からベンチャーまで様々な企業が参入し、わずか数年で撤退していきました。と言うのも、家事代行サービスの競争優位の最大の源泉はサービスの品質であるにも関わらず、そのコントロールは難しく、かといって普通に研修などを行えばコストがかかり過ぎて採算が取れなくなるからです。そこでタスカジでは創業当初から、自律的な品質コントロールの仕組み作りに留意してきました。先ほど紹介したレビューの仕組みに加え、タスカジさんたちをコミュニティ化し、その中で情報や刺激を共有し合って自律的に成長していく仕組みも用意しています。コミュニティ作りには時間がかかるため、大手が参入してもハイできましたとはいきません。タスカジが小さなベンチャーながらも生き残ってこられたのは、こうした競争優位の源泉を最初からコツコツ作り込んできたこともその理由だと考えています。
 私がタスカジを立ち上げたのは、私自身が家事と仕事の両立が困難だったことと、周囲の同じ境遇の女性たちが私同様に困っていたこと。これを社会課題として捉えたというところに始まります。あるアンケート調査で、「あなたは仕事で活躍できていますか?」という設問に対し、子どものいる女性の72%が「できていない」と回答しています。一方、子どものいる男性に同じ質問をすると80%が「できている」と答えています。女性が活躍できない理由は家事と育児が大変だから。女性に家事や育児のしわ寄せがいくことで仕事では活躍できないという問題が見て取れます。家事代行サービスを利用すれば制約から解放されるはずですが、「家事は女性がやるべき仕事で、それを放棄したら女性と見なされなくなる」とか「家事は家族の中で解決すべき問題で、外の人に頼るのはルーズな人のすること」といった考え方もまた制約としてありました。ですが私は、自由な選択をしてチャレンジできる人生は素晴らしいと思うのです。そのために、家事代行サービスという仕事を世の中に広め新しい家事文化を作ること、そして誰もが家事代行を利用して自分らしく生きていける世界を作ることがタスカジのミッションです。
 そこで掲げたのが「核家族から拡大家族へ」というスローガンです。地域の方やハウスキーパーなど、サポートしてくれる人も「家族」と捉えて、家族をチーム運営すること。それを拡大家族と呼び、家族の形を再定義すること。それにより、家事の悩みは家族で解決しなければならないと思い込んでいた人も家事代行サービスを利用できると考えています。また、私たちのプラットフォームには、家事の知見が詰まっています。それをメディアや出版という形で社会に露出していくことで、家事のすばらしさや、ハウスキーピングはクリエイティブでプロフェッショナルな仕事であることを伝え、家事の知見を社会に還元しています。幸いたくさんの方にその想いは届き、家事文化を制約から解放していくことができつつあるように思います。
 ここで、こうしたイノベーションや新しいサービスを生み出すために必要なものを考えてみました。私は大学卒業後、SEとして企業に勤務し、企業派遣留学制度を利用してMBAを取得し、その後出産・育児休暇を経てフルタイムで復帰したという経歴があります。しかしこの、SE・MBAだけでは、起業家としての競争優位性があるとは思えませんでした。そこでスキルではない部分に目を向け、自分自身が当事者である「ワーキングマザー」を掛け合わせることにしたのです。マーケットや業界に対する思い入れは深い理解に繋がります。また自分自身が当事者なので、ユーザーの望みもわかります。他の意見が聞きたければ、周りの同じ境遇の仲間に「ねぇねぇ」と聞くだけでいいし、SNSで愚痴として呟けば共感の嵐です。「ワーキングマザーで、ITで、新規事業を立ち上げようと思っている」。自分の条件をここまで絞り込むことでようやく自信を持つことができました。そして37歳で起業しました。
 当事者意識は競争優位性の源泉です。私の場合、女性がなかなか活躍できない社会に対して、当時は憤りを感じていました。しかし、時代の変遷とともに社会の構造がそうなってしまっただけなので、その怒りの矛先を向ける場所がありません。この当事者意識から湧き上がってくる怒りを起業のエネルギーに変えました。日々の生活にアンテナを立て、感じる疑問や憤りを「まぁそんなものだよね」とやり過ごさず、少し立ち止まって考えてみてもいいのではと思います。また、平凡で幸せな毎日を送っているという人は、興味のあることに全てチャレンジしてみていただきたい。大きく失敗すると次のチャレンジが怖くなりますから、チャレンジは小分けにしてみてください。小さなチャレンジをして、失敗して、そこから多くの学びを得て、少しずつ次の大きなチャレンジに向かっていただきたいです。日々の生活の中でいろんな課題にチャレンジするうちに、気が付いたら成功しているというような状況になれるのではないかと思っています。ぜひ、みなさんも自由にたくさんチャレンジする人生を送ってください。

 


起業してサービスの利用者やハウスキーパーを集めるための工夫、集まったきっかけを教えてください。


サービス利用者は口コミで集めていきました。ハウスキーパーを必要とする方々の中でも先進的な方達が積極的に利用してくださり、さらにSNSでシェアされ広まっていきました。また創業当時、外国人労働者の受け入れ拡大政策が掲げられたことや女性の社会進出がニュースになったことから、外国人ハウスキーパーが活躍するタスカジがメディアで取り上げられたことも追い風になりました。と言うのも起業時は日本人ハウスキーパーは皆無で、永住権を取得しフリーランスでハウスキーパーをする外国の方達を探し出し登録してもらっていたのです。この体制は、子どものグローバル教育にも繋がりました。私の自宅に外国人のハウスキーパーが来てくれたところ、子どもが「あの人はどこの国の人なの?」と興味を持ちコミュニケーションをとる様子を見て、他国の人と接点を持つことによる付加価値に気が付いたのです。マーケティングの際はこの点も大いにPRし、多数の依頼を集めました。


今後の活動を見通したときに脅威と感じることは何ですか。


家事代行やベビーシッターなどのイエナカ系シェアリングサービスが発展し利用が増える中、他社で事故や事件も起きていることです。タスカジはマッチングサービスであり、その結果やサービスの品質に責任を負わないという側面がありながらも、やはり仕組みの部分でそれを担保することが求められています。いかに安心・安全の仕組みをつくるかを、日々考えています。


日本の文化や政策に対するご意見はありますか。


まだまだ女性側に家事が偏っているという現実があります。家族の中で家事の分担や問題を考えた上で、その一部を家事代行サービスなどでサポートされるべきだと思うのですが、そうなってはいないように思います。男性の家事・育児の参画率を上げていかないと、男性も女性も今後の発展が期待できないのではないでしょうか。また家事文化を作っていくことに関して、様々なライフスタイルを提唱する企業や人と相互協力したいですね。そして困っている人たちに対しては、自分らしい人生を送ることを選んでいいんだというメッセージを、国からも発信してほしいと思います。


自律的に人材を育成する仕組みで効果を発揮されていますが、人によって伸びる方と伸びない方がいると思います。伸びない方はそのまま退いていただくかたちなのでしょうか。


タスカジはフリーランスで働くための場所ですので、お客様の要望に一定のレベルで応えられる人しか居続けられないというのはおっしゃる通りです。依頼する側もハウスキーパーに成長を期待しているので、スピードはともかく、成長へ向いていかない方は残れない場所ではあると思います。