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  • 講演2 :閑歳孝子氏
 

 スマートフォン向け家計簿サービスの開発運営を行っています、株式会社Zaim(ザイム)の代表取締役、閑歳孝子です。Zaimは東証マザーズに上場する株式会社くふうカンパニーの子会社で、私はその兄弟会社の株式会社Da Vinci Studio(ダヴィンチスタジオ)の取締役も務めています。その他にも社外取締役として関わっている会社もあります。
 私の思う起業の魅力についてお話ししますが、その前に少しZaimについて説明させていただきます。株式会社Zaimは「毎日のお金も、一生のお金も、あなたらしく改善。」をキャッチコピーに、一般ユーザー向けに家計簿サービスを提供するアプリ、Zaimを運営する会社です。2011年頃に私が個人で開発したアプリが始まりで、2012年に法人化、アプリは現在までにAndroidとiOSで計約950万回以上ダウンロードされています。会社としては10期目に入り、6期連続の黒字を達成したところです。イベントや問い合わせを通じて、ユーザーと密な対話を重ねて今の形へと作り上げてきたところも特徴で、ユーザーと一緒に成長してきたサービスだと考えています。
 当社のミッションは「自身の可能性を発見し、主体的に行動できる人を増やす」です。私が最初にZaimを始めたきっかけは、家計簿が作りたかったわけではなく、「一人ひとりが主体的に、興味があることを自由に選び取ることができる社会」を実現したいという思いだったからです。そして、人が自由に行動するためには、お金が重要なファクターになります。そのお金を主体的にコントロールできれば、より自分らしい行動が実現できるのではという思いからZaimを開発し始めました。
 起業を考える際に一番重要なことは、「なぜそれをやりたいのか」という動機付けであると私は思います。動機自体は人によってさまざまだと思いますが、最初に抱いた動機を貫き続けることが大切だと強く感じます。私自身は起業を夢に抱いたことはなく、結果的になったというのが正直なところです。
 私は1979年生まれで、10歳の頃パーソナルコンピューターに出会い夢中になりました。当時女性で夢中になる人は少なく、自分と周りの興味のギャップに苦労したように思います。そして高校生の頃に出会ったのがパソコン通信。神奈川県の田舎に住む私が家にいながら日本中の人と会話ができることに驚きと夢を感じましたし、このような技術につながる勉強がしたいと、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に進学することにしました。この学部にはずいぶん変わった人が多かったのですが、居心地はよく自分でも活動しやすくなりました。在学当時の1997~98年頃に起業ブームがあり、私も真似事のように友達と起業しましたが、全くうまくいきませんでした。ただ大学4年生の頃に友人と、今でいうSNSのようなサービスを作ったところ、当時の学内で約9割5分の人が利用するほどヒットしたことがあります。私のことを全く知らない人が、その人の友達に「このサービス、すごく便利だから使ってみなよ」と言って勧めてくれていたのを目撃したのが本当にうれしかったんです。この出来事が原体験となり、今もこのときの感覚を追い求めている気もしています。
 ただ当時の私は、社会へ出たらもっと楽しく自分に向いていることがあるかも知れないと思っていたため、卒業後まずは出版社に就職し、3年半ほど記者の仕事をすることになりました。しかしやはり大学時代の体験が深く心に残っており、起業した友人に誘われ25歳でベンチャー企業へディレクターとして転職。そこで自社プロダクトを任され、それなりにヒットして自信になったのですが、成長期のベンチャーならではの組織拡大にまつわる課題なども多く、かなり大変なこともありました。また当時、ちょうど流行し始めていた「Ruby on Rails」というフレームワークを独学し、使えるようになってきたところでしたので、29歳で今度は当時社長1人だけの会社にエンジニアとして転職しました。そこでB to B向けのサービス開発を担当し、収益も上げられるようになっていったのですが、その一方で、気軽に使える一般向けのサービスを作ってみたいという思いも強くなっていきました。
 そこで、空いた時間で開発し始めたアプリがZaimです。リリースしたところ、約1年で数十万ユーザーが利用するものに成長し、個人情報の管理や運営の信頼度を上げたいと法人化を決めました。そして会社として、人員増加による組織作りや、大規模障害などの苦労も経験。その後現在のくふうカンパニーに参画することとなり、以前に比べると企業として成熟してきたかなと感じています。
 ここまでが私とZaimのたどってきた道筋ですが、起業の流れを考えた場合、私のようにサービスが先にあり、後から人や資本を入れる形はかなりのレアケースであり、実際には2つのパターンが多いのではないかと思います。まず1つ目が、ベンチャーキャピタルなどから投資を受け、サービスがない段階から人を雇ってプロダクトを制作し、最終的には上場や買収、MBOを目指すというパターン。2つ目が、大企業などが社内プロジェクトとして立ち上げ、うまくいったら子会社に分離するパターンです。
 また一般的によく言われることかと思いますが、起業には「3つの壁」があると思います。まずは「人の壁」。互いを信頼し気持ちを一緒にして経営できる人を見つけられるかどうか、またその次に、カルチャーフィットするメンバーが見つけられるかどうかということは非常に大切です。カルチャーフィットしなければ継続はないと思っているので、この点では妥協しないことをお勧めします。また会社の規模が10人と100人とでは体制が全く変わるので、その過程で柔軟に組織編成していけるかということも大事になってきます。
 次の壁は「モノの壁」。そもそもどういうコトやモノを作り価値提供をしたいのか、どこに自分が腹落ちするかが大切だと感じます。ベンチャー企業を起こすと「なにをどう作るか」で終わってしまうケースも多いと感じますが、作ったものをどう広めていくかを考えることも重要だと思います。自分が作ったコトやモノの提供価値の特徴はなにか、他とはなにが違うのかを思い描きつつ、次の段階としてどういう価値をどうユーザーに体験してもらうかについて具体的に練る必要があります。
 最後の壁はやはり「お金の壁」。私の場合は自分自身で開発できたため、先ほど述べた通り、初めは働きながら余暇の時間で始めました。そのためかかる費用はクラウドサービス代くらいでした。ただ自身ですべてのプロダクトを作るのではなく、開発から人を巻き込んで始めたいとなると、やはりお金は必要になってきます。そのとき、自腹でまかなえないならば、ベンチャーキャピタルやエンジェル、銀行を含め、どこからか投資や融資を受けることになりますが、このやり直しはきかないため、非常に重要な決定になってくると思います。また資金を外から調達することになれば、必ずマネタイズが重視されることになりますから、適切な事業計画の設計も必要になります。そしてキャッシュを手に入れた後、何に投資していくかを自分や経営陣で見極めることも重要かと思います。
 一方で、ベンチャー企業の存続が非常にシビアであることも事実です。「日経ビジネス」によれば、起業から10年後のベンチャー企業の生存率は約6.3%でした。実際、私もZaimの開発を始めた頃にビジネスコンテストに出たのですが、そのときの応募総数約130件のうち、今も運営されているサービスはおそらく当社だけです。今回、多くの起業を目指す方が話を聞いてくださっていると思うのですが、こうした起業にまつわる現実を前にしながら、「なぜそれをやりたいのか」ということを改めて整理していただければと思います。
 起業には苦しいこととうれしいことの両面がありますし、起業は選択肢の1つにすぎません。自分自身の人生にとってプラスかマイナスかは、考え方次第だと思います。それでも、やっぱり自分で起業しよう、社長をやろうとすると、自分ですべてを決める立場にならざるをえません。そんなときこそ、自分自身の価値観や人生観が試されるように思います。起業から間もない頃の「どのような人を雇いたいのか」「この人には絶対入社してほしい」といったことは、最終的に社長が下す決断です。このような場面では自分の直感や価値基準だけが頼りとなります。
 私は起業してから約10年が経ちますが、総合的に考えると本当に起業してよかったと思っています。一番よかったのは、一社員として働いていたときよりも、人間そのものや社会の動向について、俯瞰的でより高い解像度で捉えられるようになったことです。私は物事を整理・分析してみるのが好きな人間なので、そういった意味でも面白い職業に就けたなと考えています。

 


みんなが使ってくれるものを作る、ニーズを掴むというのは難しいことですが、技術を社会に実装する上で一番重要な部分でもあると思います。閑歳さんはそれをどう見い出されているのですか?


立ち上げ期においては、「これは絶対にいいもので誰もが喜ぶはず」といった思い込みの力が、開発を前進させるためには必要だと思っています。ただその後は、現実にいない誰かではなく、特定の人を思い浮かべながら運用することが重要だと感じます。私自身は利用者に自分の姉を想定し、彼女が本当に喜ぶものか、実際に生活の中に入り込めるかといったことを、考えたり実際に聞いたりしながら開発を進めました。


起業に伴うリスクや、ご自身の意志決定に不安を感じられませんでしたか?


最終的には自分が決めてきましたが、起業当初から取締役を務めて下さっている方に、何でも相談できたところで救われた部分があります。前職の会社の代表もそうです。本当に困ったときに相談できる人がいることが大きかったと思います。


起業や創業をするうえで、社会の仕組みにおいて課題と感じられることはありますか?


抽象的な答えになりますが、やはり失敗が許される社会であることは大きいと思います。近年では副業を許可する会社も増えてきましたが、やはり退職しないと新しいことができないというのは、かなりのリスクです。会社を辞めなくても起業の道筋をつけられるような社会に、また、失敗しても元の職場や仕事へ戻りやすく、また辞めることも簡単であればと思います。


Zaimのサービス継続に対する一番のモチベーションは何でしょうか。


やはり「Zaimを使って人生が変わった」という人を増やしたいという思いが一番のモチベーションですね。小さなことですが、外食先で、隣の席の方がZaimについて話す場面に出くわしたことがあります。「いいものだから使ってみなよ」といった感じで、私の知らない人が知らない人へ勧めてくれていたんです。このように我々のサービスによって人生がポジティブな方向へ向かった人々の反響を知ることが大きな喜びです。


先日読んだビジネス書に「偉大な企業を作るには何よりも人が重要」と書かれていました。偉大な企業を作るためには、起業家はまず人集めから始めるのでしょうか。モノから始めるのならばすっと理解できるのですが。


何をモチベーションにするかで変わるかと思います。私は自分が作ったもので社会をよくしたいという気持ちが一番強いので、モノからスタートせざるを得ないのです。逆に会社自体を大きくしたいといったことが一番な場合は、人集めからスタートしても成り立つのではと思います。


「モノの壁」のご説明で、モノの広め方のお話がありましたが、広めていくターゲット領域を決める際はどのような点を重視すれば良いでしょうか。


ターゲット領域を決めることは何を作るかとほぼ一体だと思いますので、顧客理解に近いかと思います。ただ、より多くの人に知ってほしいという場合に私が留意しているのは、サービスに「一言で表しやすい機能や特徴」を持たせることです。もともとメディアにいたので、プレスリリースを出すとしたらどのようなタイトル・構成なら受け手がこのサービスを新しいと感じるかということを常に意識してきました。


起業には失敗の不安もあるかと思いますが、失敗したらどう行動しどう乗り越えるかなど、具体的に考えたことはありますか。


むしろ何も知らなかったから起業できた面もありますね。例えば社長は赤字だとすごく辛いということも、実際に体験するまでは分かりませんでした。お金が尽きたときのことは恐しく感じましたが、はっきりとは想像していませんでしたね。


ミッションに基づき、別のサービスをつくるお考えはありますか。


Zaimの中の広がりにおいてもまだまだ課題は多いため、まずはそこを進めつつ、違う次元のサービスであってもミッションが達成できるものを思い付いたら挑戦してみたいですね。